2012年8月19日日曜日

遠い日の戦争-吉村昭




尊敬する吉村先生の作品。この作品が最初に世に出たのが1978年。当時はどのように受け入れられたのだろうか。今日の日本の政治状況、安全保障に通ずるものを感じる。

2012年8月11日土曜日

夢は荒地を



この作品、時間を置いて3回ほど読みました。備忘?書評?感想?体感?いずれも何かしらあてはまると思います。自身のカンボジア旅行記と交えて記します。

恩師を訪ね3回ほどカンボジアを訪問しました。最初は2006年。ちょっとしんどくて行き詰まっていたとき齢70にもなる恩師がカンボジアで元気にしていると風の便りに聞き押しかけました。暑いというよりもイタイという日差しを浴びながらの再会、すごく自然な新鮮な生命力をわけてもらいました。アンコールワット遺跡群をふらふらして、シェムリアップのバーストリートで飲んだくれ、ちょっと先生の手伝いをしたふりをし満足して帰国。その後ほどなくして、本屋の店頭でこの作品に遭遇しました。船戸先生の作品は結構気にかけて読んでいたのでタイトルよりも先生の名前が目につき手に取りました。この手に取ったタイミングがまだすぐそこにあるカンボジアの大地の記憶と作品のテーマ、恩師の生活などと重なり合い増幅され自分にとってより印象深い作品となりました。

2007年2回目のカンボジア訪問。本書をみやげに持参。恩師を始め皆さん興味深く読み入ってくださいました。ここに書かれていることはほぼ真実とのこと。

2012年1月27日金曜日

輝ける碧き空の下で:輝ける碧き空の下で:北杜夫




明治後期、日本からブラジルへ渡った移民の話。主として第一部は移住直後、第二部は第二次大戦中が舞台。読み物としてとても面白く、スケールの大きさに加え、その生活の厳しさ、苦労が伝わってはくるが全体的にどこか牧歌的な雰囲気を感じた。あとがきも含めて最後まで読むことでその理由の一端がなんとなく理解できたつもり。これを読みながら思い出したのは10年近く前に読んだ下記の作品。これは第二次大戦後のブラジル移民と現代日本をつなぐストーリーで、妙なリアリティーで綴られている。舞台となる時代は異なるが同じテーマを扱っても作者によりずいぶんと出来上がりが変わってくるということを感じさせられた。時代の差か、世代の差か、執筆時の作者の年齢によるものか、、、いずれにせよどちらも印象に残る作品。「ワイルド・ソウル」、もう一度読み直そうかと部屋の中を探すも散らかりすぎて発見できず。

ワイルド・ソウル:垣根涼介

2012年1月18日水曜日

予告された殺人の記録



学生時代第二外国語としてスペイン語を選択しました。おかげで人より多く学生生活を送ることになりました。なぜスペイン語だったかは全く覚えていません。授業の内容もほとんど覚えていませんが「G. ガルシア=マルケス」がノーベル文学賞を受賞したことだけはずっと覚えていて最近になって購入、読了いたしました。 翻訳ものの例に違わず読みにくく、カタカタの登場人物はなかなか頭に入ってこない、、、にも拘らずそのリアリティというか迫力というものはこの自分にも伝わってきました。見栄をはって同時に購入した「百年の孤独」は未だ手付かず。

2012年1月17日火曜日

津波災害-減災社会を築く



今日は117、あれから17年。この本を含めて、去年の今頃災害に関する著作をまとめ読みしているまさにその時に311。日本に生まれ暮らす限りにおいて避けては通れない、津波災害に関する歴史とそれへの対策の著。

2012年1月16日月曜日

マンボウ家族航海記



北先生の作品を乱れ読み中。
これは雑誌に掲載されたエッセーの中から家族に関するものをとりまとめた作品。躁鬱を繰り返し、狂騒的な株の売買で大損をこしらえ、嫁、娘、孫をドタバタに巻き込みながらも慈しみ、、、心温まる文章が集められた作品でした。これらを選りすぐった編集者のセンスも光る。何でもこの編集者は猛獣使いらしい。しかしこれが最後の作品になるとは。先生がお亡くなりになった今となっては、ご令嬢である斉藤由香女史の後書きがぽろぽろと涙を誘う。
「明日も父を起こして散歩に行くが、あと何年、続けられるのだろうか・・・。」

2012年1月8日日曜日

どくとるまんぼう



子供のころ自宅の本棚にありました。怪盗ジバコなんてのもありました。
数十年ぶりに読み直してみて作者の奥深さに恐れ入りました。
最近古本をはじめ北先生の著作を読み直しています。

2012年1月1日日曜日

零式戦闘機



神秘のマシン、零式(れいしき)戦闘機。その開発からデビュー、緒戦での華々しい戦績そして最期を通して人、時代、戦争についてを綴る作品。開戦時、日本の中枢はその落とし所をどこと想定していたのか。大東亜共栄圏の建設か、米英蘭本土攻撃か。

零式戦闘機開発、実用化、奇襲、快進撃のくだりは痛快そのものであるが、すでにその結末と結末へ至る苦難は誰でも知っているところであり読み進めるにつれ、それらが読む者へ辛く、重くのしかかってくる。吉村先生の面目躍如の作品であった。
冒頭から最後までそこかしこに現れる、航空機を運搬する役割を担う牛、馬たちがあの戦争の末路を象徴していた。